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"書の現在と未来" 佐藤達也インタビュー


黒棘の記念すべき最初のインタビューは、若手書家の先頭を走る才人、佐藤達也さんに登場していただきました。佐藤さんはまだ20代ですが、10年ほど前に封建的な書道界に疑問を持ち、同じ平成生まれの書家とともに「僕らの書展」を立ち上げるなど、書道界では珍しい独自の活動をされてきた方です。
佐藤さん自身のことから、佐藤さんの考える書の現在と未来についてお話を聞きました。

"書の現在と未来" 佐藤達也インタビュー

菱田篤司

July 09, 2019


ーまず簡単に自己紹介、プロフィールをお願いします。

1990年生まれ、栃木県出身です。高校時代に書表現の面白さに気づき、東京学芸大学教育学部書道専攻に進学しました。大学入学と同時に柿下木冠氏に師事し、大学卒業後、東京と栃木をベースに作品発表をしています。
また、若手書家のコレクティブ「僕らの書展」を2009年に結成し、展覧会6回、個展4回開催しました。
今後の予定としては、2020年3月ほか「僕らの書展2020FIN」、2021年個展などを予定しています。


ー「僕らの書展」について教えてもらえますか?

既成の概念に囚われない自由な書」を目指して、2010年・2012年に宇都宮(栃木県総合文化センター)、2014年に東京(東京芸術劇場)、2016年はウィー ン(Palais Pálffy)、2017年東京(銀座アートホール)、2018年東京(temporary contemporary)にて展覧会を開催して来ました。現在は7名で活動しています。また、現在、メンバー各々が書に関する試論やエッセイを執筆中で、2020年3月に出版および展示を計画しています。
僕らの書展
僕らの書展僕らの書展の様子


ー若き書道家集団ですね。先ほど結成の目的が「既成概念に囚われない」とおっしゃられていましたが、その「既成概念」とは何ですか?

メディアやSNSで発信される「書道」の作品の様式は、戦後「新しい書」を模索した先人たちの仕事を拠り所としていることが多いです。比田井南谷作「電のヴァリエーション」に始まる書の新しい表現(絵画的な書、読める書など)はいわゆる「現代書」と呼ばれるジャンルとして成立しています。ただ、現代書とはいうものの、現在の書作品を見ていると、書特有の伝承的な指導方法による類型化が進んでおり作家の個性が出にくくなっています。書界全体がやや低調ですね。おそらく戦後の先人書家たちは情熱を持って自作のコンセプトを探し続けていたことだと思います。「僕らの書展」メンバーはその混沌とした情熱を常に抱き、制作にあたっています。


ー個性が出にくくなっているのは、伝承的な指導によるものも大きいということですね。
先日、書は現在低迷期にあると、ある方も仰ってました。個性と新しさは同じではないですが、低迷とは書で表現できる手法が出尽くしたということもあると思われますか?

私の考える書の個性のひとつに「線」の質があります。その作家にしかかけない線をもって書を表現すれば自ずと個につながると思っています。今はその線の追求が甘い。面白いなと思ったのは、現代書の父と呼ばれる比田井天来の遺作展を長野で鑑賞しましたが、その作品の中には桑鳩(上田桑鳩)の線、右卿(手島右卿)の線、鴎亭(金子鴎亭)の線が入っているんです。天来の弟子である彼らは自分の線、そして表現のコンセプトを見つめ続けたのだと思いました。そこまで突き詰めて、例えば、臨書をする、書、そしてそれ以外の芸術に触れるなどしていかないと、新しい発想、そして個の表現に繋がってはいかないと思います。自分勝手に新しいと思ってやっている作品は案外誰かがやっているのではないでしょうか?


ーなるほど。「線」に個性が表れるのですね。音楽や絵画においても、アーティストの作品の個性で好きになるか、買うかどうかが決まります。それは書においても当然重要ですね。では、佐藤さんの作品について話を聞いていきたいと思います。今回当オンラインギャラリーに出品された作品の中で、私は特に「別離」と「共有」が好きなのですが、それらも含めて、それぞれの作品のコンセプトやこだわったポイントなどを教えていただけますか。
別離 共有 佐藤達也左から『別離』『共有』


書は基本的に文字(漢字)や言葉を素材に作品を制作します。用美を兼ね備えた芸術と言うのでしょうか。ですが、先ほどお話をした戦後の新しい書の動きの中で、文字を否定した作品(非文字作品)が誕生しました。書の概念の一部を否定したわけです。いわゆる「前衛書」ですね。井上有一篠田桃紅なんかもその辺りから出発しています。そういった流れを見ていると、私の場合は、今、文字を否定したところで新しい表現方法とも思わないですが…
書の線であれば書として発表してもいいのではないか?書の線とは「自分自身とシンクロしたその都度一回限りの有機的な痕跡」とでもいうのでしょうか、そういったものであれば文字・非文字あるいは読める・読めないといった次元を超えた書作品になるのではないかという考えで制作しています。筆順ということもポイントになるかもしれませんが、今はまだわかりません。
今回お話に上がった「別離」「共有」はそういった考えの中から出発しています。具体的にはある方から未解明の朱の拓本をいただき、「不明朱拓」と名付け、自己のイメージをその造形を借りて表現したものです。


ー佐藤さん自身の話を聞いていきたいのですが、特に影響を受けた書家や、好きな書家を教えてもらえますか?

書を志したのは高校時代、書道部の顧問の先生との出会いからです。書くことが楽しく感じました。その先生の薦めで、大学入学後、柿下木冠先生に師事したんです。大胆かつ繊細な先生で、作家として人間として大切なこと示していただきました。いまでも影響大です。ですが、作品に関してはほとんど指導を受けたことはありません。「自分で考えてやれ!」という今では稀有な(笑)指導法でしたので、少しずつ自ら勉強していくしかなかったですね。こんな言い方失礼かもしれませんが、丁度いい距離感で師と向き合わせていただいてます。
好きな作家はやはり比田井南谷ですね。アカデミックでもあり、コンセプトもしっかりあり、しかも書らしい作品は羨ましいです。書以外では、川上澄生、村山槐多、作家じゃないけど南方熊楠とかは好きですね。
ご存命の方だと中野北溟氏、山本大廣氏はいいと思います。北溟先生は一度付き人のようなことをさせていただきましたが、とにかくスケールが大きい方でした。言葉を素材に作品を書かれますが、言葉の本質というか魂を刻みつけている感じでいいですね。大廣先生とは特に最近交流を深めさせていますが、書家というより美術家のようなユニークな先生です。きっと大廣先生はそういうことは気にしていないと思いますが、書のジャンルを拡張し続けている方だと思っています。そういえば『墨』という雑誌の特集連載で、中野北溟・山本大廣・柿下木冠の作家性や作品を美術評論家・武田厚氏が取材執筆していますね。書界ではこのような企画はほぼ無いので楽しく読んでます。


ー今名前が挙がったような方々は書道界では有名人であっても、一般的にはほとんど知られていないのはなぜだと思いますか?そこに書道の未来への課題もあるように思えるのですが。

難しいですね… 今思うことは明治以降の書の歴史が客観的に整理されていない」「書に批評が無い」ということが原因でしょうか。前者に関しては、いわゆる日本書道史のテキストなどを読んでも江戸末期〜明治初期あたりでそこに記載されている内容が薄くなっているような感じを受けます。特に戦後の書の変遷は人間模様のようです。誰と誰がくっついたとか、離れたとか。主観的で、友達付き合いのような。後者に関しても書道評論家とは名ばかりで、作品に対する批評というよりか人物伝。要するに書壇内部の身内的なつながりの中で循環しているわけです。書展には書家しか来ない、というより書壇内で有利に働くような書展しか見に行かない。作品はとりあえずただ褒めて、お茶を飲みながら話している。ちょっと言い過ぎかもしれませんが、私が書に関わってきた10年ちょっとの間にはそういう人や態度が大多数です。書の建設的な発展は見込めないと思いますし、もちろん社会に書が浸透していくはずはありませんね。入門書のようなスマートな本があってもいいと思いますよ。
あと画商はいるけど、「書商不在」も理由の一つですかね。書家は弟子に教授して収入を得ることが多いですね。あの日展の問題(不正審査問題)もその延長線上ですよ。だから作品が売れなくても困らない、だから画商的な存在は不要なわけです。黒棘はそこに風穴を開けようとしているわけで… 容易に苦難の道であることが想像できます(笑) でも、書作品に興味のある方はたくさんいると思うし、実際に個展を開催すると作品が売れるわけです。


ーそうですね。私もこの事業を始めようと思ったきっかけが、書が買いたいと思った時に買えるところがなかったことにあります。苦難の道ですか…(笑)評論家、書商がいないのは、それでは食っていけない、それだけのマーケットがないということが大きいと思います。これからマーケットができていけば、おのずと評論家、書商が増えてくるのではないかと思います。時代的に書にとってもグローバルな存在になる転換期になるのではと期待します。ところで、これからの佐藤さんについて、どういうことをやっていきたい、どうなっていきたいなどの将来的なビジョンはありますか。


クラシカルな作品や墨蹟、骨董を取り扱う場はありますが、現代の書はまだあまりありませんね。私はそういった「書」すべてを取り扱うマーケット、そして書を学ぶことのできるサロン、図書館などが必要だと考えます。そうすれば書の裾野が広がっていくと思います。書の技術の取得だけでなく、知識や理論を身につけていかなければならないと思っています。今のところ私は 行動あるのみ! という感じでしょうか(笑)


ーでは、書や書道界の未来について、佐藤さん自身はどうなっていくと思いますか。または、どうなっていくのが望ましいと思っていますか。

もう亡くなった方ですが、ある書評論家が「平成は書壇が栄え、書が滅びる時代になる」と言っていたとか。私もこの言にほとんど賛成です。書壇には組織化が進み確固たるヒエラルキーがあります。肩書きが立派であっても作品が立派では無いわけで… 書壇も少子高齢化が進んでいますので、きっとそのうち、なるようになります(笑)
書の未来というか、書もようやく個として主張できる活動・発表ができる状況になったのかなと思いますよ。旧態依然とした柵を少しずつ取っ払ってやっていこうという作家が出てくるんじゃないですか?独善的では困りますが… なんだかまとまりませんね。


ー先ほど「行動あるのみ」と仰っていましたが、「行動」と言えば、近々ニューヨークに行かれるそうですが、何をしに行かれるのですか?

佐藤:ニューヨーク。昔からの憧れで(笑)
昔から、自分で見て聞いて感じたことが、ストンとくるのでニューヨークってどんなもんなの?とリサーチしたいと思っています。いろいろ言われてますが腐ってもアメリカ(笑) 書でニューヨーク… どう繋がるか分かりませんが体感してきます。書の国際性については先人たちも挑んできたわけですが、そのころとは少し違う受容や方法があるのではないかと思っています。欧米の美術館にも書が収蔵されていますので、そういったものも見ることができればいいです。日常とは違う世界に身を置くことによって自身の中に引き起こされる変化が今後の作品に良くも悪くも反映されると面白いですしね。
佐藤達也

【後記】
初めて佐藤さんのことを知ったのは実は最近で、たまたま佐藤さんの個展における対談をYouTubeで見て、反骨心のあるスタンスに魅力を感じた。佐藤さんの話を聞いていると、良い意味でアウトサイダー的なところもあるが、書道に対する造詣も深く、表現者でもあるが、研究者のようでもあり、探求者でもある。そのバランスが非常に面白いと感じた。作品から感じることは、年齢は若いのだが、日本の原風景、里山を感じさせるような広大で懐かしい雰囲気、なんとも言えない優しく美しい造形が特徴ではないか。結構毒舌で尖ったところもあるが、作品に人柄が滲み出ているような気がする。
これから佐藤さんがニューヨークで何を得て、どんな作品を書くのか、今から楽しみで仕方ない。
情熱大陸に出演する日も近いのでは?と思う今日この頃である(笑)

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